2009年10月02日

インド美人.jpg img_がんじす.jpg

今朝西日本新聞に2面にわたってインドガンジス河熱写放浪という22歳の若者の写真紀行が

載っていたので久々刺激されて私も載せてみました。なにせ今に至る原点のような旅でしたので

鮮烈な思い出です。

私にとってのガンジスはあの世に渡る壮大な明るいエネルギーに満ち溢れた河です。

早朝5時に朝日が昇るガンガの光景は圧倒的な迫力でした。

下の女性はインドの旅でつきあったモデルです。

というのは真っ赤な嘘でインディアンジョークです。(笑)でもお洒落なファッションでしょう。
posted by チャイハナ 仔馬 at 19:02 | Comment(0)

2009年04月06日

バクダット市内.jpg カズメイン廟.jpg

それからは2台の車(白人の親子とイラクの人)に乗せてもらいモスルを通り無事にバクダットまで

たどり着く事ができました。

本当に車が1時間も待たずに止まってくれてラッキーでした。皆さん本当に親切にしてくれました。

バクダットはその頃は発展途上で今のホ−チミンみたいに活気に溢れていました。

今のイラクに早く平和が戻ってくれることを心から願っています。

やっと辿り着いた街でしたがあまり時間も残ってなく2,3日ユースホステルに泊まって

遺跡とかカズメイン廟などを散策したあとスイスに飛び立ちました。

この旅で私はひょっとしたら1生の仕事が決まったのかもしれません。そして小さい頃弱虫だった

私をこの旅は1皮も2皮も剥いてくれました。どんなところにも行ける勇気をもらったと思います。

この後にインドに帰りに寄った事がその事を決定的にしたと思います。またいつか書きたいですね。

これからもまだまだいろんな所へ(国内も)旅を最後までつつ”けていきたいと思っています。

長らくお話にお付き合いくださいまして誠に有難うございました。

            さあ次の旅に向かって出発!!! 


劇的紀行深夜特急ヨーロッパ編にアジアハイウエイと周辺が見れますので興味のある方はこちらへ
http://www.youtube.com/watch?v=DWEIKOqL3qc&feature=email
posted by チャイハナ 仔馬 at 16:03 | Comment(0)

2009年04月03日

azia ハイウエイ.jpg 雪山.jpg

そのロールスロイスに乗り込む前に改めて2度と来ることのないだろう風景を見渡してみた。

それは将に文明の十字路と呼ばれるにふさわしい風景だった。

後方は赤茶けたトルコの大地、前方はイラクの黒々とした山並み、右方はシリアの緑の草原、左方は

遠くに白い雪を頂いた山脈、その山脈があまりに綺麗だったのであの山はどこですか?と問うとUSSR(ソ連)だと教えてくれた。

その時に世界の広さとシベリアを回りヨーロッパを迂回してはるばるここまで来てまたソ連であった

感動とその国の大きさを知った。 ほんとに馬鹿でかいくにだなーあ  唖然!!!。

車は出発した。アジアンハイウエイと呼ばれるできたばかりの高速道路のドライブは快適だった。

このままバクダットまでと思いきや3時間位経って途中で別方向に行くらしくあえなく降車。   丁重にお礼を言って別れる。

さてまた次の車を探さねば!もうすぐイラク第2の都市モスルだ!前の晩からなにも食ってないのだ
ー!!!


posted by チャイハナ 仔馬 at 14:23 | Comment(0)

2009年04月01日

国境.jpg

今日は特別に新たな月になった気がします。朝からお諏訪神社でお参りすると気持ちがすっきりしました。

今月は予定が多いので体に注意して頑張りたいと思います。すこしさぼっていたトルコの国境からを

書いてみましょう。

渋々深夜バスを降りると18歳位の青年がふらりと寄ってきて英語でどうしたのと聞いてきた。

事の次第を告げるとホテルはないが長距離トラック用の簡易宿があるといって案内してくれました。

その宿の髭をはやしたイカツイ(トルコの男は皆そう)主人にベッドはあいてないかを聞くとやはり

満員とそっけない態度。

ここで引くわけにはいかず奥を覗くとテーブルが1つ見えたのであれの上でいいとねじ込んでみた。

あっけなく主人は入れといってくれホット一安心。青年に丁寧にお礼を言って別れる。有り難かった。

学校の机みたいな硬い木の上でそれでも感謝しながら眠りに就いたのでした。


早朝6時ごろ外が明るくなってきました。

この宿に長居する必要はないので国境を目指す。宿代は取られなかった、無愛想だけど案外いい

オヤジだった。最後まで笑顔なし。でも感謝。

近くの人が車に乗せてくれた。30分位で広大な平原にでた。その真ん中にぽつんと小さな小屋みたいな

イミグレイションがあった。中に入ると小屋の真ん中がボーダーで手前がトルコ、先がイラクだ。

外には延々と長距離トラックが並んでいた。2時間以上は待たされたと思うが、その間に乗せてくれる

車探しだ。トラックのあんちゃんは結構気難しく何回か断られた。

気落ちしかけた時に目の前になんとロールスロイスが止まっているではないかこんな場所に。ラッキー!

よく見ると白いターバンを巻いたサウジアラビア風のおじさんが3人座っていた。金持ち風。

これだ!と直感して合掌して拝みたおす。

と、意外にもあっさり乗せてくれた。やったー、いやいや嬉しいのなんのって表現できないくらいだった。

助かったーと思った。そしてその国境の四方の風景は1生忘れる事ができない位素晴らしいものでした。




posted by チャイハナ 仔馬 at 11:56 | Comment(0)

2009年03月26日

トルコ国境.jpg アンカラ.jpg キリム.jpg


深夜ハイデルパシャを出た汽車はアンカラへ向けて出発しました。

ヨーロッパでは見向きもされなかった私ですがアジアサイトの入ったとたんにスター並に汽車の中でも質問攻めにあいました。そのころはまだ日本人は珍しかったのでしょう。

疲れ果てて逃げるように棚置きが空いてたのでハンモックがわりにグッスリと眠りに就きました。

早朝アンカラ着、11月も後半だったので確か大変寒かったです。公園の湖の水は凍っていましたね。

バスでバグダットまで行くつもりだったのでバスステーションで係りの男性にバグダット行きをしっかり教えてもらい、凄いイスラム風イラストのバスに乗り込みました。



コーランの音楽が鳴り響いていたのをよく憶えています。日本人は勿論いつもいた白人もいませんオール ドメスティックでした。

 凄いイスラミックなサイケバスはアラビックな音楽をけたたましく鳴らしながら出発しました。

周りの人はあんまり上等の路線じゃなかったようで普段着のでもおもしろい民族服を着た人ばかりでした。
英語を話す人はほとんどいなくてお陰で静かに外の風景を楽しむ事ができたようです。

トルコの大地の印象は赤い土漠とでもいいましょうか独特の色です。スペインの土地と似ているかな。

カッパドキワを抜けて途中砂漠のなかのチャイハネで食事(シシカバブばっかりたべていたよう)しなが

ら確か国境まで2000キロ位あったはずです。1泊2日くらいは乗っていたと思います。

腰が痛くなるようなシートですから。

しかし外の風景は雄大で狭い日本しか知らなかった若僧には刺激たっぷりで飽きませんでした。

やっと国境の小さな村までたどり着いたのが次の日の夜11時ごろだったと思います。

本当に小さな村だった印象ですがそこで残り少なかった乗客が私以外全員ぞろぞろ降りてしまったのです。
おかしいなと思い運転手さんに何時に出るのと聞くと1声フィ二シュとのたまわれたのです。

              ギョエーーーと思いましたね。

外は氷点下のトルコの内陸部 仕方なく降りてみるとシンシンと冷えていました。

ホテルはどこかと聞くと運転手慈悲のかけらもない表情で1声ノーホテルと言い放ったのでした!




posted by チャイハナ 仔馬 at 11:52 | Comment(0)